
目の前にある情景、硬い地面や椅子、テーブル… 触れるものすべてが確かな存在である、と多くの人が認識していて、もちろん、ある側面ではその通りです。
でもこの「確かな現実に見える世界」が、私たちの意識によって形作られた世界であるとしたら?
量子力学では、物質の最小単位とされる素粒子は、観測されるまでは明確な形を持たず、波のように広がる確率の状態で存在しているとされています。
有名な「二重スリット実験」では、電子は観測者が存在しない場合、波として振る舞い干渉縞を作りますが、観測者が電子の動きを「見る」と、粒子として振る舞い、干渉縞は消滅すると説明されます。
これは、私たちの意識が物質の振る舞いに直接影響を与え、現実を決定しているかのような現象ですよね。
アメリカの物理学者ジョン・ホイーラーは、こういった現象を「参加型宇宙」と表現し、宇宙は私たちの観測によって初めて存在しうると提唱しました。
もしそうであるならば、私たちが「現実」と呼ぶものは、私たちの意識が創り出す壮大な物語と言えるでしょう。
『仏教と脳科学の視点』意識が創造する現実
「この世は幻想である」という思想は、東洋の古くからの教え、特に仏教においても深く探求されてきました。
ブッダは「一切は苦である」と説き、私たちの認識が錯覚に満ちていることを繰り返し説きました。
そして私たちが「私」と認識する自我は、五蘊(ごうん・仏教用語で、人間の存在を構成する5つの要素のこと。色、受、想、行、識)という要素の一時的な集まりに過ぎなく、固定された実体ではないことを説いています。
これは、絶えず変化し続ける宇宙の真理を洞察したもので、私たちが現実と感じているものが、常に移ろいゆくものであることを伝えています。
この仏教の教えは、現代の脳科学の洞察とも驚くほど一致するんです。
神経解剖学者、脳科学者のジル・ボルト・テイラーは、自身の脳卒中体験を通して、左脳が言葉や論理、時間といった「個別の現実」を認識するのに対し、右脳は「全体性」や「今、ここ」の感覚を司ることを経験しました。
彼女の著書『奇跡の脳』では、左脳の機能が停止した際に、時間の感覚や空間の制約から解放され、宇宙との一体感を経験したことを鮮やかに語っています。
これは、私たちが普段認識している「現実」が、脳の特定の領域が作り出す限定的な解釈に過ぎないことを表していると言えます。
私たちの脳は、膨大な情報の中からごく一部を抽出し、それを「現実」として構築しているのです。
つまり私たちが「見ている」ものは、脳という個人のフィルターを通した加工された情報に過ぎない、と言うことができるでしょう。
『哲学と心理学の探求』夢と現実の境界線
夢の中では、私たちはしばしば現実と見分けがつかないような体験をします。
目が覚めて初めてそれが夢であったと認識しますが、夢の中では、その世界が紛れもない現実として展開されています。
これは、私たちの意識が作り出す「現実」がいかに繊細で、容易に揺らぎうるものであるかを示しています。
フランスの哲学者ルネ・デカルトは、著書『省察』の中で、「私たちは今、夢を見ているのではないか?」という問いを投げかけ、「私は考える、ゆえに私は存在する」という結論に至りました。
彼は、すべての感覚情報が疑わしいものであると考え、唯一疑いようのない「考える私」の存在を確かなものとしました。
デカルトのこの思考実験は、私たちが当たり前だと考えている現実が、実は極めて不確かな基盤の上に成り立っているのかを浮き彫りにします。
また心理学の分野では、人々の認識や解釈が、いかに様々な現実を形作るか、ということが研究されています。
例えば「プラシーボ効果」は、薬効のない物質でも「効く」と信じることで実際に効果が現れる現象ですが、これは私たちの期待や信念が、実際に身体にも現実的に影響を及ぼすことを示しています。
ハーバード大学医学部の研究では、プラシーボ効果が「脳の報酬系」や「痛みの抑制」に関わる神経回路を活性化させることが明らかにされています。
つまり、私たちの「こうである」という認識は、生理的な反応を通して、現実を変容させる力を持っているのです。
これは、私たちが知らず知らずのうちに自分の信じる世界を創造している、という現象のひとつと言えるでしょう。
『自己啓発と成功者の視点』幻想の向こう側へ
もしこの世界が幻想であるならば、私たちはその幻想の中で、いったいどのように生きるべきなのでしょうか。
いわゆる成功者と呼ばれる人々の言葉には、この問いに対するヒントが隠されています。
自己啓発の分野では、「思考は現実化する」という考え方が繰り返し語られます。
ナポレオン・ヒルは、著書『思考は現実化する』の中で、成功を収めた多くの人々の共通点として、明確な目標設定と揺るぎない信念を持っていることを挙げています。
そして、彼らの成功は単なる偶然ではなく、彼らが強く信じ、描き続けたビジョンが現実世界に具現化した結果であると言っています。
これは、私たちの思考や意識が、単なる脳内の活動に留まらず、外界の現実にも影響を及ぼすという、ある種の量子的な共鳴を示唆しているものです。
また、日本の実業家であり、京セラとKDDIを創業した稲盛和夫氏は、「心に描いた通りに、人生はなる」と繰り返し説きました。
彼は人生のあらゆる局面において、自分がどのような心持ちで臨むかが、その後の結果を決定すると考えていました。
これは、私たちが「現実」と認識しているものが、実は私たち自身の心が生み出した投影に過ぎない、という視点で見ることができます。
もしこの世が私たちの意識が作り出す幻想であるならば、私たちはその幻想の「脚本家」であり、「監督」であると言えるでしょう。
私たちは、自分の思考と信念によって、どのような物語を紡ぎ出すかを選ぶ自由を持っているのです。
だからこそ、私たちは無限の可能性を秘めていると言われるのです。
「この世は幻想」まとめ
この世が幻想であるという概念は、一見すると私たちを不安にさせるかもしれません。
でも同時に、私たちに計り知れない希望と力を与えてくれる視点でもあります。
もし現実が私たちの意識によって創られているのであれば、私たちは自分の意思でその現実を「再構築」することができるということです。
もし今、あなたが落ち込んでいたり、ウツ状態にあるとするなら、あなたの「心の中にある現実」は、決して固定されたものではないことを思い出してください。
あなたの思考が、あなたの現実を形作っています。
アインシュタインは、「我々が経験するすべてのものは、私たちの意識が作り出した幻影である」と語っています。
この言葉は、私たちが日々の生活で直面する困難や苦悩もまた、私たちの意識の投影に過ぎないことを伝えています。
もしそうであるならば、私たちはその投影を変えることができるはずです。
あなたの意識をポジティブな方向に向け、あなたが望む現実を心に描いてみましょう。
聖書には、「求める者には与えられ、探す者は見出し、門をたたく者には開かれる」という言葉があります(マタイによる福音書7章7節)。
これは、あなたの内なる願望が、外界の現実を引き寄せる力を持っていることを示唆しています。
あなたの意識の力は、あなたが想像するよりもはるかに偉大です。
目の前の「幻想」を、あなたの最高の物語へと変える力は、すでにあなたの中に備わっているということです。
