
私たちは時々、自分でも驚くほど、感情的に強い反応をしてしまうことがあります。
例えば、ただの一言なのに胸が締めつけられる、急に腹が立つ、あるいは、何も感じないふりをして心を閉じる。
そして後から、「また防衛してしまった」「大人なのに、どうしてこんな反応をするんだろう」と、苦々しい気持ちになったり…
なぜ反応してしまうのか、そして、その反応は、「間違い」なのでしょうか?
もう繰り返さないために、その仕組みを知って、苦しい気持ちになるのを卒業しましょう!
防衛本能は「心が身につけた知恵」
防衛本能とは、命や心を守るために、意識的に考える前に働く瞬間的な反応です。
それは理性ではなく原始的で、深いところから立ち上がってくる無意識の癖のようなものです。
危険を察知したとき、身体が固まり、感情が跳ね上がり、意識が一気に狭まります。
これは良く言えば、ちゃんと生きようとしている証でもあるのです。
そして防衛本能が作動したあと、私たちの心はさらに動きます。
・正当化する
・否認する
・相手のせいにする
・距離を取る
・感じないようにする
「これ以上傷つかないために私は、こうするしかなかった」というような、これは「防衛機制」と呼ばれるものです。
こういった「無意識の反応」は、インナーチャイルド(内なる子ども)的に見ると、人間的で切実な知恵なのです。
防衛機制は、「未熟さ」というより、当時の最善だったと言うこともできます。
インナーチャイルドが恐れているもの
インナーチャイルドとは、幼少期に置き去りにされた感情の記憶です。
・否定された
・分かってもらえなかった
・安心できなかった
・一人で耐えた
のような、そのとき感じた恐れ、悲しみ、怒り、孤独などの、まるで生命を脅かされるような感情です。
当時に癒されることがなかった場合、それらは消えずに、不快な記憶としてただ奥にしまわれているだけになります。
そして、その「匂い」を少しでも含んでいる出来事があったとき、インナーチャイルドは目を覚まし、咄嗟に防衛本能が起動します。
防衛機制を、子どもの声として聴いてみる
防衛機制を「直すべき癖」として見るのを一旦やめて、こう問いかけてみてください。
「この反応は、何を守ろうとしているか?」
すると、防衛機制を起こしていた心身は、こんなふうに囁き始めるのではないでしょうか。
- 正当化・非を認めない →「悪い子だと思われたくない」
- 受け入れない →「認めたら心が壊れてしまう」
- 近づかない →「近づくとまた傷つく」
- 本心と逆の言動 →「いい子でいれば見捨てられない」
- 相手への投影 →「嫌われるのが怖い」
どれも、とても小さくて、幼少期に感じた切実な声ではないですか?
癒しは、自己理解と見守ることで進行する
インナーチャイルドの声を無きものとして無視し続けたり、無意識に自分や誰かを責め続けても、癒されることはありません。
まず、防衛が起きていることに気づける、それを、自分も相手も責めずに見守れる、という反応の中に、少しの余白が生まれてきます。
その余白の中で、反射ではなく、初めて意識的な選択ができるようになります。
本当の変化は、そんなふうに静かに進行していきます。
インナーチャイルドにできる、たった一つのこと
防衛が出たとき、何かを変えようとしなくてもいいのです。
ただ、内側に向かって「大丈夫。今は安全だよ」と言ってあげましょう。
インナーチャイルドが欲しかったのは、正しさでも、成長でもなく、一人ぼっちじゃないという感覚です。
防衛本能も、防衛機制も、私たちを困らせるために存在しているわけじゃなく、生命を維持するためのシステムでしかありません。
だから、敵にしたり、壊そうとしなくて大丈夫です。
成長したあなたは、自分の意識で物事を選択することができます。
役目を終えた防衛は、努力ではなく、理解と同伴の結果として、安心の中で自然に静かになります。